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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)1484号 判決 1985年12月18日

控訴人

小久保智恵子

右訴訟代理人弁護士

杉山朝之進

被控訴人

小久保道子

右訴訟代理人弁護士

石井成一

桜井修平

佐藤りえ子

加藤美智子

伊丹経治

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決

二  被控訴人

控訴棄却の判決

第二  当事者双方の主張及び証拠関係

次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録、証人等目録の記載と同一であるから、これを引用する。

一  控訴人

1  本件養子縁組は、控訴人の夫小久保保(昭和五六年一一月一日死亡)が被控訴人の養子となつていないので、民法七九五条に違反しているが、以下の理由により有効というべきである。

① 民法七九五条の夫婦共同養子の要件は養子縁組届出の受理要件に過ぎないものと解すべきであり、同条に違反して受理された養子縁組の届出の効力は具体的事案に則して実質的に判断すべきものである。

② 本件養子縁組届は受理され、戸籍上控訴人が被控訴人の養女となつている。

③ 本件養子縁組届は荒川区役所戸籍担当者の指導に基づいて提出したものであり、本件養子縁組届には被控訴人、親光及び控訴人が養親子として署名し、小久保保、小久保好子が証人として署名捺印している。

④ 小久保保は既に親光の養子となつており、被控訴人の養子とはならなかつたものの同人は本件養子縁組届の証人として署名している。

⑤ 本件訴訟は、親光、保死亡後に提起されたものであるが、もし親光死亡前に小久保保が被控訴人の養子となつていないことが判明していれば、当然その是正が行われたはずである。

⑥ 被控訴人夫婦と控訴人夫婦とは、親光死亡に至るまで実質的に養親子関係にあつた(控訴人夫婦が被控訴人夫婦に夕食を毎日のように届け、正月、夏休みには同伴旅行をした。)。

⑦ 被控訴人は、昭和五二年一一月、親光死亡による東京都の霊園承継使用者を小久保保とすることに同意しており、同人死亡後は控訴人が承継使用者になつている。

2  仮に、本件養子縁組届の被控訴人の署名が偽造であり、被控訴人が控訴人と養子縁組をする意思がなかつたとしても、親光と控訴人との養子縁組は、1の①ないし⑦の事実に照らし有効というべきである。

二  被控訴人

本件養子縁組届が荒川区役所において受理され、戸籍上控訴人が被控訴人の養女と記載されていること、本件養子縁組届の養親欄には親光及び被控訴人の氏名、養子欄には控訴人の氏名、証人欄には小久保保及び小久保好子の氏名が記載されていること、小久保保が親光の養子になつていたこと、小久保保の氏名が本件養子縁組届の証人欄に記載されていること及び本件訴訟が親光の死後に提起されたものであることはいずれも認めるが、本件養子縁組届の養親欄の署名捺印が親光及び被控訴人自身のものであること、親光死亡前に小久保保が被控訴人の養子となつていないことが判明していたならば当然その是正を行つていたはずであること、控訴人夫婦と被控訴人夫婦とが親光死亡に至るまで実質的に養親子関係にあつたこと及び被控訴人が親光死亡による東京都の霊園承継使用者を小久保保とすることに同意したことはいずれも否認する。

理由

一<証拠>によると次の各事実を認めることができる。

1  被控訴人の亡夫小久保親光(以下、「親光」という。)は、明治二六年五月一七日出生し、昭和二年二月一八日先妻う(明治一五年一月一〇日生)と婚姻届出をした。そして、親光とう間には実子がなく、昭和二年二月一八日草薙保(大正九年四月一三日生、以下、「保」という。)と、昭和三年六月二一日椙山春江(大正一一年二月二一日生)とそれぞれ養子縁組をなし、昭和二二年一月一〇日養子春江の夫加藤清と婿養子縁組をした。

2  親光の先妻うは、昭和二七年五月一三日死亡し、親光と被控訴人は翌二八年八月三日婚姻したが、被控訴人と親光との間には実子がなかつた。

3  親光の養子保は、昭和二〇年一〇月二七日長島まさと婚姻し、隆弘(昭和二〇年一〇月一二日生、同二三年七月一二日死亡)、及び好子(昭和二一年一二月一九日生)をもうけたが、保が控訴人(昭和三年二月一日生)と交際を始めたことにより不仲となり昭和二八年九月五日協議離婚した。その後、保と控訴人は同棲していたが、昭和三六年四月一三日婚姻の届出をした。そして、控訴人は昭和五〇年三月一八日親光及び被控訴人の養子となる縁組届出をした(以下、「本件養子縁組」という。)。

なお、保と先妻まさの子である好子は、昭和四六年五月一九日鈴木健と婚姻したが昭和五〇年三月一八日協議離婚し、同日控訴人との養子縁組をした。そして、保は昭和五六年一一月一日死亡した。

以上の事実を認めることができ右認定を左右するに足りる証拠はない。

二ところで、被控訴人は、本件養子縁組届(甲第二号証、以下同じ)に署名押印したことはなく、本件養子縁組をする意思もなかつたと主張し、原審における本人尋問において同旨の供述をしているのに対し、控訴人は、原審における本人尋問において、被控訴人自らが本件養子縁組届に署名押印したものであると供述し、原審証人小久保好子も同旨の証言をしているので、本件養子縁組届の被控訴人の署名が真実被控訴人の署名であるか否かについて検討するに(ただし、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、本件養子縁組届を荒川区役所に持参した際、担当職員が本件養子縁組届の「養親になる人」欄に養母として記載されていた被控訴人の氏名及び署名は不要であるから抹消するようにとの指導を受けたので、これを棒線で抹消したところ、担当職員が再度検討した結果右抹消は誤りであつたので控訴人の代書でよいから被控訴人の署名をするようにと求めたので、控訴人が前記抹消に係る被控訴人の署名部分の上部に被控訴人の署名を代書したことが認められるので、本件においては、右抹消に係る被控訴人の署名が真実被控訴人の署名であるか否かを検討すべきことになる。なお、控訴人は、本件養子縁組届の作成前に作成された本件養子縁組と同内容の乙第一号証の養子縁組届に養母の署名として記載されている被控訴人の署名及び前記好子と控訴人との養子縁組に係る甲第一〇号証の養子縁組届に証人の署名として記載されている被控訴人の署名も被控訴人自らがした署名であると供述するのに対し、被控訴人はこれを否定する供述をしているので、これらの署名の真否についても併せて検討する。)、原審における被控訴人本人尋問の結果により被控訴人が署名したものと認められる借用証(乙第三号証)、弁論の全趣旨により被控訴人が署名したものと認められる霊園承継使用同意書(乙第七号証の四)及び訴訟委任状(乙第九号証)、甲第二、第一〇号証、乙第一号証、当審における鑑定人長野勝弘の鑑定の結果によれば、①甲第二号証(本件養子縁組届)及び乙第一号証(養子縁組届)の各「養親になる人」の署名欄、甲第一〇号証(養子縁組届)の証人の署名欄にはいずれも「小久保道子」の氏名が記載されているところ、右「小久保道子」の「小」の字はいずれも第一画起筆部が「」「」状に下方から上方に向けて起筆され、その後の縦線部はやや長く書かれ、第二画と第三画(前記鑑定人作成の鑑定書中の第三画と第四画との記載は誤記と認められる。)は第一画に対し間隔が狭く書かれているのに対し、前記借用証、霊園承継使用同意書及び訴訟委任状に記載されている被控訴人の署名(以下、「被控訴人の署名」という。)の「小」の字はいずれも第一画起筆部は「」状にほぼ左上方からやや右下方に向けて起筆され、その後の縦線部は長く書かれず、第二画と第三画は第一画に対し間隔が広く書かれていること、②前記各養子縁組届に記載されている「小久保道子」の「保」の字はいずれも「口」部が小さく書かれ、第七画は第六画に突き出ずに起筆され、第八画と第九画は第七画からの連続連筆で「」状に書かれているのに対し、被控訴人の署名はいずれも「口」部が大きく書かれ、第七画は第六画に突き出て起筆され、第八画と第九画は第七画からの連続連筆で書かれていないが、第七画終筆部の跳ねの方向と第八画と第九画の連続線が「」状に書かれていること、③前記各養子縁組届に記載されている「小久保道子」の「道」の字はいずれも第一画と第二画が連続連筆で書かれた後、第九画までが「」状の連続連筆で書かれ、特に「目」部は小さく書かれ、「」は「」「」状に書かれているのに対し、被控訴人の署名はいずれも第一画と第二画は単独で書かれ、第四画ないし第九画が連続連筆で書かれた場合は「」状で特に「目」部は大きく書かれ、「」が「」「」状に書かれていることが認められる。

右認定事実によれば、前記各養子縁組届に記載されている「小久保道子」の署名はいずれも同一人が書いたものであると認められるところ、右各署名はいずれも被控訴人の署名とは字画構成及び運筆形態において顕著な相違が存在することが認められるのでいずれも被控訴人がした署名と認めることはできない。

以上によれば、本件養子縁組届の被控訴人の署名は被控訴人が自署したものであるとの原審における控訴人の供述及び原審証人小久保好子の証言はいずれも措信することができず、ひいては被控訴人が本件養子縁組の意思を有していたとの原審における控訴人の供述及び原審証人小久保好子の証言も措信することができない。

そして、前記認定事実及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は控訴人との養子縁組に同意したことがないことが認められ、他に右養子縁組の事実を認めるに足りる証拠はない。

よつて、控訴人と被控訴人との養子縁組は無効というべきである。

三次に控訴人と親光との養子縁組の効力について検討するに、本件養子縁組届の「養親になる人」の署名欄に記載されている「小久保親光」の署名と原案における被控訴人本人尋問の結果により親光自身が署名したものであると認められる甲第五号証(遺言書)、同第六、第七号証(確定申告書写し右各写しに複写されている親光の字体は原本の字体と同一と認められる。)、同第八号証(手紙)に記載されている親光の各署名を対比してみると、「小」の字の第一画の起筆形態、第二画から第三画への運筆形態、第三画の跳ね具合、「久」の字の第二画から第三画への運筆形態、「保」の字の第六画から第九画への運筆形態、「親」の字の第一五画から第一六画への運筆形態、「光」の字の全体の運筆形態がいずれも共通しており、右事実並びに原審証人小久保好子の証言及び原審における控訴人本人尋問の結果によれば、本件養子縁組届の「養親となる人」の署名欄にある親光の署名は同人がしたものであり、同人は控訴人と養子縁組をする意思を有していたものと認めるのが相当であり、原審における被控訴人本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

四ところで、夫婦が共同して養子縁組をするものとして届出がなされた場合に、その一方に縁組をする意思がない場合には、原則として、縁組の意思のある他方の配偶者の縁組も無効であるが、その他方と縁組の相手方との間に単独でも親子関係を成立させることが、一方の配偶者の意思に反しその利益を害するものではなく、養親の家庭の平和を乱さず、養子の福祉を害するおそれもないなど、民法七九五条本文の趣旨にもとるものではないと認められる特段の事情がある場合には、縁組の意思を欠く当事者の縁組のみを無効とし、縁組の意思を有する他方の配偶者と相手方との間の縁組は有効に成立したものと認めるべきものである。

そこで、本件において右特段の事情の存否について検討するに、検認証明部分はその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるので真正に成立したものと認められ、その余は<証拠>によれば、親光は、昭和三二年一一月三日、荒川区南千住町七丁目七九番の貸地約五二〇坪、同所二二番宅地約六〇坪(ただし、<証拠>によれば、親光は、昭和五〇年三月六日、右土地のうち一四七・八三平方メートルを小久保清に、四九・四四平方メートルを保に贈与した。)、同所四五番地所在の木造瓦葺平屋建住宅一棟約三五坪(什器備品その他一切)、同人死亡時に存在する有価証券、預金、現金の全部を被控訴人に贈与する旨及び同人が経営していた有限会社小久保商店(プラスチック加工業)に対する出資金は法律に従つて配分し被控訴人を中心として信用第一主義の経営を継続し、各人が生活の安定に努力すべきことを記載した遺言書を作成したこと(昭和五三年一月三一日東京家庭裁判所において検認)、同遺言書には「思ひ出と眼球を保の為め利用方実行する件」と題する記載部分があり、その中には被控訴人に関し、被控訴人は「少し強情の欠点もあるが之れはいろいろの事情と年令的の関係もあつて致し方無い事と思つて居る純情、誠実、親切気のある点は非常に良い又諸事節約の気風あるは美点でもある短い期間であつたが満足に暮らした事を喜んで居る」と記載されていること、親光は被控訴人の老後の生活を配慮して右遺言書を作成したものであること、控訴人らは右遺言書の検認手続の直後に親光の遺産につき被控訴人不知の間に共同相続の登記手続を行つたこと、保は前記認定のようにまさと婚姻中に控訴人と交際を始め、まさと協議離婚するに至つたものであるが、そのためしばらく親光の不興を買い、被控訴人も控訴人に対しよい感情を持つていなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が親光と養子縁組をすることは被控訴人の意思に反するものであり、かつ被控訴人の利益を害するものであることは明らかである。また、親光が被控訴人と控訴人との間に養子縁組に関する紛争が生じることを無視してまで控訴人との養子縁組を維持する意思があつたものと認めることもできない。

なお、控訴人は、被控訴人夫婦の食事を毎日のように届けたり、同伴旅行をするなどしたので控訴人と被控訴人夫婦とは実質的に養親子関係にあつたと主張し、原審における控訴人本人尋問の結果中には右主張に沿う部分がある(もつとも、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人が被控訴人夫婦の夕食を作つて運んだことは数回に過ぎないことが認められる。)。しかしながら、控訴人の夫であつた保は当時既に親光の養子であつたのであり、妻が夫の養親のために食事の世話をすることは通常あり得ることであつて、このことをもつて直ちに保の妻であつた控訴人と親光との間に義親子関係を設定しなければならない必然性を認めることはできない。

また、控訴人は、被控訴人が親光死亡による霊園承継使用者を保とすることに同意したと主張し、<証拠>によれば、控訴人の右主張事実を認めることができる(もつとも、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、亡親光の埋葬に必要な書類であると誤信して霊園承継使用同意書に署名したことが認められる。)。しかしながら、保は当時既に親光の養子であつたのであるから、同人が右霊園を承継すること自体は異とするに足りないことであり、このことをもつて、控訴人を親光の養子としなければならない必然性を認めることはできない。

以上によれば、控訴人と親光との間の養子縁組を有効とすべき特段の事情を認めることはできない。

五以上により、本件養子縁組は無効であるから本訴請求はこれを認容すべきであり、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森 綱郎 裁判官高橋 正 裁判官清水信之)

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